2013年9月29日日曜日

『量子論 シュレーディンガー 精神と物質 』


 「しかるに、すべての自然科学は心の働きにほかならず、すべての知識はここに源を発している。心は宇宙の不思議の中で最大のものである。心は客体たる世界にとって必須の条件である。西洋は心がそのようなものだということをほとんど認めてこなかったと思われるが、これは非常に驚くべきことである。認識の対象となる外部客体が洪水となって、認識の主体を背後に押し戻し、明らかに無に帰せしめたのである」


 「物理学の世界から見れば、日常生活は影絵の動きに見える。私の肘の影が、影のテーブルにあり、そこには影の紙が置かれ、インクが影となって続いている等々といった具合である。物理学の科学が影の世界に関連をもっているという率直な理解は最近の科学の進歩のなかでもっとも重要なものに属するであろう」
  


 「精神、それは決して知覚するものではない。それゆえに精神は、空間的世界の中を幽霊にも増して影のように通り抜けてゆくのである。見ることも、触れることもできない。それは輪郭さえもない。それは「物」ではない。それは感覚的に確認できないものである。そして永遠に、確認することはできないのである」


 「物理的な科学は…われわれを難問に立たせるのである。精神それ自体は、ピアノをひくことはできないー精神それ自体は自分の手の指を動かすことはできない」


 「すべての精神と世界について共通なもの
世界は私にただ一度与えられたもので、
 たった一つの存在でも、たった一つの知覚対象でもない。主体は客体の一つである。」


W・ハイゼンベルク


 「知的冒険のためにもまた、精神と肉体の両面にわたる耐久力が必要である」



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